主役はあなた——街の声をひろうラジオ

府中市・稲城市・国立市のコミュニティラジオ局「ラジオTAMAリバー」で、街の声をひろい続ける人がいる。
声優・俳優として活動しながら、ラジオ局を運営する一般社団法人東京府中FMの代表理事も務める、橘あんり(たちばな あんり)さんだ。

ラジオTAMAリバーの番組表を眺めると、番組の多様さに思わず驚く。
元受刑者が語る番組、視覚障害の当事者が伝える番組、小中高生が届ける番組——

ここは、誰でも参加できるラジオ局だ。
街の誰もがパーソナリティになれて、その声が電波に乗ってラジオで届いていく。

ラジオTAMAリバーの根っこには、こんな想いが息づいている。
「あなたが主役のラジオ局です」

その言葉の通り、ラジオTAMAリバーには、“語る側”への扉が開かれている。

橘さんの原点は、7歳のときに参加した京都の子ども劇団にある。

きっかけは、友だちのお母さん。
「当時は深く考えず、“やってみようかな”くらいの軽い感じでした」

ところが、初めて劇場に入った日。
まだ何もない誰もいない“まっさらな舞台”に無邪気に走り込んだ橘さんは、ど真ん中に立って誰もいない客席を見た。

「その瞬間、直感的に『ああ、私ここで生きてくんだな』って思っちゃったんですよね」

橘さんにとってそれは、ふいに降りてきた確信のようなものだった。

演技中でも、拍手を浴びた瞬間でもない。
誰もいない客席を見渡した、その静けさ。
その景色が、いまも忘れられないという。

7歳の橘さんが見た未来は、のちに現実になる。
あの日の静けさは、始まりの音だったのかもしれない。

狭き門の、その先へ

橘さんは中学・高校時代に、市民劇に2回参加している。
その市民劇は、プロの劇団の主催者や俳優たちと一緒にひとつの舞台をつくり上げる、公募の舞台企画だった。
一般公募で応募した人は全員出演でき、配役は参加者の雰囲気に合わせて決まっていく。
高校1年生の回では、橘さんは主役を任された。

高校3年になり、進路を考える時期が来た。
橘さんは、市民劇の舞台で出会った女優に相談する。
「実践的に学べて、仕事につながる演劇の道って、どうしたらいいですか?」

返ってきた答えは、
「新劇の劇団の養成所に行けば?」

そのとき橘さんは、「養成所」という選択肢を初めて知った。
そしてなんと、養成所を知った翌日が受験申し込みの締切だった。

「父から、大学受験用に用意していた3万円をもらって。そのまま新幹線に乗りました」

勢いというより、もう運命みたいな速度だった。
そして橘さんは、そのまま願書を出す。

受けたのは、文学座と青年座の養成所。
結果、青年座の養成所に進むことになった。

養成所に入るだけでも狭き門だ。
さらに養成所を経て「劇団員」として残れるのは、ほんの一握りだという。

橘さんの年は養成所の受験者数100人、合格者が50人。その中で劇団員になれたのは2人だけだった。
橘さんは養成所で力を磨き、その狭い門をくぐり抜けて劇団員となった。
ようやく“舞台の入り口”に立ったが——

「狭き門の先には“大海原”が待ち構えてたんですよね。それまで、ちっちゃな池で戦ってて、そこが“海”だと思っていたのに、本物の海に放流されたら、もう広すぎて。」

圧倒されるほどの広さのなかで、橘さんの舞台人生は動き出した。

舞台で生きて、声で生きる

2008年から「劇団青年座」に所属し、俳優として活動しながら、声優としても活躍してきた橘さん。
プロになってから、18年が経つ。

出演歴をたどれば華々しく、傍から見れば順風満帆そのものだが、劇団に入ってからの20代は「しんどかった」と振り返る。

“仕事がない”という苦しさ。社会人としての難しさ。

それでも、続けてきた。
舞台には舞台の、声には声の、積み重ねがある。

舞台で、勢い余って舞台装置を壊してしまったこと。
声優のオーディションに「受かったよ」と告げられた瞬間。

上手くいかなかったことも、うれしい瞬間も。
全部を抱えて続けてきたからこそ、いまの声と芝居がある。

橘さんは今も、俳優として、声優として、現場に立ち続けている。
舞台で誰かを生き、マイクの前で誰かの声になる。
“続けてきた人”だけが持つ厚みが、そこにある。

父のバトンで始まったラジオ

ラジオTAMAリバーの始まりをたどると、橘さんのお父さまに行き着く。
そこには、長い時間をかけて積み重ねられてきたものがあった。

橘さんのお父さまは、コミュニティFMの立ち上げ支援に関わってきた人だ。
京都で「京都三条ラジオカフェ」を立ち上げ、全国の立ち上げにも相談を受けてきた。
支援に関わったコミュニティFMは全国で約30局に及ぶ。

ラジオTAMAリバーも、その一つだった。
当初は「立ち上げを手伝う」——そんな関わり方のつもりだったという。
けれど準備が進むほどに、役割は少しずつ大きくなっていった。

当初はお父さまが代表を務め、のちに橘さんが引き継いだ。
声優の仕事を続けながら、局の代表として街の声も受け止める。
ふたつのマイクを持つ日々が、ここから始まった。

声がひらく、「まだ知らない世界」への扉

ラジオTAMAリバーの特徴は、番組の多様さにもある。
元受刑者の声を届ける「刑務所ラジオ」。
地域の視覚障害当事者が作る視覚障害情報番組「ブラインド・ナビ」。
そのほかにも、子ども放送部やジェンダーにまつわる番組など——。

番組表を眺めていると、“まだ知らない世界”が次々と顔を出す。

そしてここでは、ラジオパーソナリティは特別な人だけのものじゃない。
主婦でも、小学生でも、大学生でも、社会人でも。
ラジオTAMAリバーは、“やってみたい”が、ちゃんと形になる場所だ。

偶然の出会いを、ラジオは連れてくる

今はポッドキャストやYouTubeなど、個人が気軽に発信できる時代だ。
「じゃあ、ラジオならではの価値って何なんだろう?」——そんな疑問がふと浮かぶ。

橘さんは、その違いを「出会い方」にあると言う。
「ポッドキャストやYouTubeって、基本は興味がある情報を“取りに行く”ものなんです。でもラジオは、流しているだけで、普段は得られない情報に出会えたり、知らない曲に出会えたりする」

チャンネルを合わせただけなのに、たまたま耳に入った一言が心に残ることがある。
その日、必要だった言葉に出会えることがある。

実際に、橘さんの番組で「ポジティブ」をテーマに話していた回を聴いて、「元気になりました」と連絡をくれた人がいたという。

橘さんが言う「出会い方」は、ラジオの魅力そのものだ。
流しているだけで、普段なら出会わない言葉や音楽にふと出会える。
その偶然が、日常に小さな灯りをともす。

防災は、日常の周波数から始まる

災害時、まず頼りになるのは正確で早い情報だ。
テレビもネットも、そしてラジオも。
そのうえで橘さんが語るのは、「いまいる場所」の情報が届くことの強さだった。

広いエリアをカバーするテレビ・ラジオ放送では、特定エリアの状況はどうしても「メイン」になりにくい。
一方でネットは情報量が多い反面、真偽のわからない情報も混ざりやすく、必要な情報にたどり着くのが難しくなることもある。

いま、この街で何が起きているのか。どこへ行けばいいのか。
その情報を、必要なときに必要な形でひろえるのが、地域ラジオの強さだ。

「日頃から聴いてもらうことが大事なんです。
いざっていう時に、『この声が流れるなら大丈夫』って思える関係性を育てたい」

実際、台風で多摩川が氾濫するかもしれない——そんな状況で、橘さんはラジオTAMAリバーで13時間の生放送を行った。

「スタッフと私の2人しかいなくて。話せるのは私だけだったので、13時間ほとんどひとりで話し続けていました」

市役所にも何度も電話し、確かな情報を確認しながら放送する。
リクエストが来たら応え、必要な情報を届け続ける。

13時間の生放送は、まさに“無我夢中”だった。
責任と覚悟の重さがにじむ。

災害のときだけ急にチャンネルを探しても、どこを聞けばいいか迷ってしまう。
日常の中で耳に馴染んだ声があるからこそ、非常時の「大丈夫」が育つ。

ラジオTAMAリバーはみんなの「たまり場」

ラジオTAMAリバーが目指しているのは、誰かの“すごい話”を届ける場所というよりも、ふだんは見えにくい街の声が、ちゃんと届く場所だ。

話すのが得意じゃなくてもいい。目立たなくてもいい。
今日あったこと、いま考えていること、ふと見上げた空のこと——
そんな小さな言葉がラジオに乗るだけで、誰かの心をそっと支えることがある。

橘さんが大切にしているのは「あなたが主役のラジオ局」という姿勢。
放送エリアが広がっていく先に見据えるのも、より大きな“メディア”になることではなく、もっと多くの人が安心して立ち寄れる「たまり場」になることだ。

スマホひとつで誰もが発信できる時代に、地域ラジオが持つ意味はきっと“距離”にある。
すぐそばに暮らす人の言葉が、偶然あなたの耳に届くこと。
知らなかった街の顔に出会えること。
そして、そこで生まれたつながりが、また次の誰かを照らすこと。

まずは一度、周波数を合わせてみてほしい。

きっと、あなたの街の声が聴こえてくる。

プロフィール
橘 あんり(たちばな あんり)

声優・俳優。劇団青年座所属。府中市・稲城市・国立市のコミュニティラジオ局「ラジオTAMAリバー」代表理事。

主な出演作:
ドラマ『ちはやふる -めぐり-』(キャスト出演・方言指導)

【声の出演】「ちびっこマダガスカル」(メルマン役)/「カラオケ行こ!」(木村先生役)/「リトル・ベイビー・バム ミュージックタイム」(アハン役)ほか

ラジオTAMAリバー

FM++/ラジオTAMAリバー
https://fmplapla.com/radiofuchues

ラジオTAMAリバーX
https://x.com/RadioTAMARIVER

橘さん青年座プロフィール
https://www.seinenza.com/profile/detail/id=168

ライター

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編集部より

「府中が好き」は、ハッピーカーズ府中店 が運営する地域メディアです。
私たちは地域企業として、事業活動だけでなく、 府中がより良い街であり続けるための取り組みに関わり続けたいと考えています。
本記事は、その活動の一環として、府中で活躍する人や想い、取り組みを記録し、発信しています。