遊びと学びを駄菓子でつなぐ

多磨霊園駅の近く。
駅前のにぎわいを背にして少し歩くと、アパートの2階に小さな駄菓子屋がある。

駄菓子屋「ほっぷ」。
階段を上がった先にあるその場所は、子どもたちの放課後がふっとほどける“遊び場”になっている。

店主は、大学4年生の東條陽(とうじょう ひなた)さん。

彼が代表を務める「Co-manabi space “Posse”」では、子どもや若者が地域で安心して過ごせる場を目指し、駄菓子屋・寺子屋・POSSE BARという3つの活動を柱に据えている。
その中心拠点となるのが、ここ駄菓子屋「ほっぷ」だ。

——それにしても、なぜ。
現役の大学生が、駄菓子屋の店主をしているのだろう。

東條さんが「地域」や「つながり」を考えるようになった原点は、小学2年生のときに経験した東日本大震災だ。

東條さんが震災を経験したのは、東京・調布。
母方の実家は福島県いわき市にあった。
浜通りの港近くに住む親戚は現地で被災し、東京への避難や仮設住宅での暮らしも身近なものとして見てきた。
東條さんは、東京と福島、その「二つの景色」を見比べる中で、ある決定的な違いを感じ取っていた。

「いわきの人たちは、自分たちの大切な人だから、自分たちで守る。そんなふうに『地域』を主語にして助け合っていました。地域の底力のような強さを、子どもながらに感じたんです」

東條さんが力強さを感じたのは、どこかに特別なヒーローがいるという話ではない。
日常の延長線上にある支え合いの空気だった。

一方で、当時の東京から感じたのは、全く違う温度感だった。

「言葉にするのは難しいのですが……東京に対しては『切なさ』や『違和感』、そして『機械のような無機質さ』みたいなものを受け取っていたと思います」

東條さんが抱いたのは、物理的な防災用品や避難所の整備そのもの以上に、もっと根っこの「人と人との関係性」への疑問だ。
いかに便利で、いかに安全に整えられていても、隣に誰が住んでいるかも知らないような東京の暮らし。
その希薄な繋がりに、どうしても違和感が拭えなかった。

「社会って、これでいいの?」

震災を境に芽生えたその問いは、時間をかけて形を変えながら、東條さんの中に残り続けた。
いざというときに助け合える街は、日常の中にある何気ない関係性の積み重ねからしか生まれない。
東條さんの活動は、便利さの裏側で見落とされがちな「暮らしの温度感」を取り戻そうとする挑戦でもあるのだ。

続きが生まれる場所

東條さんは大学生活の1年間を休学し、東京近郊を移動販売で回っていた。
「駄菓子屋×ワークショップ」という形を携え、各地に“点”としての場を作ってきたが、2025年に縁あって多磨霊園駅前に腰を据えることになる。 

拠点を持って一番嬉しかったのは、「前回の話の続きができること」だという。

たとえば、「あの駄菓子が好きだから仕入れてほしい!」という何気ないリクエストに、次に来たとき「あの駄菓子、仕入れておいたよ!」と応えられる。

流行中のシール交換でワイワイ盛り上がり、「新しいシール買ったよー!」と見せに来てくれる。

場所を点々としていた頃には叶わなかった“続き”が、店に積み重なっていく。

「ここに来れば、自分のことを覚えてくれている人がいる」
そんな小さな記憶の積み重ねが、子どもたちの深い安心となり、家でも学校でもない、かけがえのない「遊び場」を形作っていく。

「ただの自分」でいられる、駄菓子屋の魔法

東條さんが、「人と街を結ぶ入り口」として駄菓子屋という形を選んだのは、その圧倒的な「入り口の広さ」に理由がある。

「駄菓子屋と聞いて『それ何?』となる人はほとんどいません。その説明のいらない分かりやすさは、場を作る上で何より大切にしていました」

説明が不要だからこそ、子どもでも構えることなくその扉を開けることができる。
店名「ほっぷ」には、その名の通りホップ・ステップ・ジャンプの「最初の一歩(ホップ)」、つまり社会や地域に触れるための“最初の踏み台”という意味が込められている。

また、もう一つの由来は「遊び」という言葉だ。
子どもが夢中で「遊ぶ」場所であると同時に、心に「遊び(ゆとり)」を取り戻す場所であってほしい。
余白としての「ほっぷ」を、東條さんは大切に育んでいる。

この場所に「ゆとり」を生むために彼が徹底しているのが、「評価をしない」ことだ。
学校、家庭、習い事。
子どもたちは日常のなかで、無意識にいくつもの役割と、それに伴う評価を背負って生きている。

「評価から離れたくてこの場所に来ているはずなのに、ここに来ても無意識に『大人の期待に応えよう』と振る舞ってしまう子もいます。だからこそ、ここでは評価をせず、ただ“どういう思いでその行動をしたのか”を想像し、尊重することを大切にしています」

大人から見た「いい子」というレッテルを一度脱ぎ捨て、自分の心で選び、自分の足で立つ。
「ほっぷ」が目指すのは、子どもが役割から解放され、「ただの自分」に戻れる時間。
それは、大人の期待に応えるためではなく、子どもが自分で選び、心から楽しめる時間なのだ。

小さな手からつながる未来

「ほっぷ」で生まれるのは、駄菓子のやり取りだけではない。
時には、子どもたちが主役となるプロジェクトも動き出す。

店では「子ども店長」という取り組みを行なっており、子どもたちが主体的に企画を立ち上げる。
その一つとして「トートバッグを作ろう」という企画があった。
子どもたちが自由に描いた絵をトートバッグにして販売し、その利益を「駄菓子チケット」などの形で還元する。
ただ「楽しかった」で終わらせず、自分の表現が価値を生み、自分たちに戻ってくるという“社会の仕組み”をデザインした試みである。

このプロジェクトを通じて、東條さんの心に深く残っている出来事がある。

参加者の中に、いつも店を訪れる、少し内気な小学生の女の子がいた。
彼女の描いた絵が採用され、実際にトートバッグとして店に並んだ時のこと。

「自分の絵が形になったことが、本当に嬉しかったみたいで。彼女、そのバッグを自分でお金を出して買って、おじいちゃんとおばあちゃんの誕生日プレゼントに贈ったそうなんです」

自分の手から生まれたものが、価値ある商品になり、誰かの手に渡って喜ばれる。
その確かな手応えが、彼女の心に小さな火を灯した。
それ以来、彼女は「次、何かあったら協力するよ」と自ら声をかけてくれるようになり、今では「子ども店長」として積極的に活動を支える一人になっているという。この駄菓子屋は、いわば「小さな社会の縮図」。
ここで起きる小さな成功体験は、子どもたちが一歩外の世界へ踏み出すための、揺るぎない自信へと繋がっている。

揺れ動く時期の、確かな「安全基地」

小学生が主役の駄菓子屋「ほっぷ」に対し、中高生世代の居場所として運営されているのが「寺子屋」だ。

ここには、不登校や進路、家庭の悩みなど、さまざまな背景を持つ子がやってくる。
時には、簡単には触れられないセンシティブな問題に直面することもある。

だからこそ、東條さんが何より大切にしているのは、安易に「分かった気にならないこと」。

「自分は当事者ではないし、会えるのは週に限られた時間だけ。その子の『残りの6日と23時間』にある感情や出会いを、僕たちは知り得ません。だからこそ、わかったつもりにならない。わからないまま、わかろうとし続ける。その誠実さが、信頼関係の土台になると思っています」

支援したいという気持ちが強いほど、つい踏み込みすぎてしまいそうになる。
しかし、自尊心やアイデンティティが育つ繊細な時期だからこそ、慎重なアプローチが求められる。

東條さんの言葉で印象的だったのは、「話す・聞く・寄る・離れる」という動作を物理的に意識しているという話だ。

どの距離で声をかけるか。
近づくのか、あえて遠くから見守るのか。
どのくらい自分の言葉を使い、どのくらい相手の言葉を待つのか。
相手の自尊心を守るために、その「距離」そのものを緻密に設計しているのだ。

それは、優しさを単なる感覚で済ませない、プロフェッショナルな目線だ。
分かったふりをせず、それでも隣に座り続ける。
その静かで強い覚悟が、寺子屋という場のあたたかな体温を作っている。

世代を越えて語らう、夜の駄菓子屋

駄菓子屋「ほっぷ」が子どもたちの放課後を受け止め、寺子屋が中高生の揺れに寄り添う。
その一方で、Posseにはもう一つの顔がある。
月に2回、夜の帳が下りる頃に開かれる「POSSE BAR」だ。

POSSE BARは、地域の大人がふらっと立ち寄り、お酒を飲みつつ駄菓子をつまみながら、東條さんたちの活動を知ったり、街の未来を語り合ったりできる場所だ。

「子ども・若者の居場所づくり」と聞くと、どうしても当事者や支援者だけの閉じられたものに見えがちだ。
しかし、POSSE BARはそれを街へと大きく“ひらく”役割を担っている。
大事にしているのは、活動を「ブラックボックス」にしないこと。

「自分たちが何者で、何を考えているのか。それを地域の人に知ってほしいんです」と東條さんは言う。

ここには「教える大人」と「教わる若者」という境界線はない。
そこにあるのは対等な対話だ。

若者だけで完結せず、地域の大人たちと顔の見える関係を築く。
その「風通しの良さ」こそが、Posseという組織が街に深く根を張るための、大切な鍵となっている。

何気ない日常が、街の「安心」を育てていく

東條さんにとって、街の「安心」は、物理的な備えや制度だけで作られるものではない。
——いざというとき、隣の人へ手を伸ばせるかどうか。その「支え合い」の精神が、街の本当の強さを左右すると考えている。

「隣の人を助けよう」と思えるかどうかは、非常時の気合いで決まるものではない。
それを動かすのは、日頃の心の余裕であり、関係の積み重ねだ。
そのために必要なのは、大きな仕組みより先に、顔が見える日常である。

「あの子はこのあたりに住んでいる」
「あのお兄さんは、ああいう人だ」

そんなふうに、街の“解像度”が少しずつ上がっていくことが、安心して暮らせる街の土台になる。

駄菓子屋「ほっぷ」は、楽しさのためだけにあるのではなく、何気ない日常のなかで“隣の人”との距離を縮めていく、地域のあたたかな拠り所でもあるのだと、東條さんの話を聞いていて感じた。

「いざというとき」を支えるのは、特別な訓練ではなく、今日交わした何気ない挨拶の積み重ね。
10円玉を握りしめて笑う子どもたちの背後で、東條さんはこの街の未来を、一歩ずつ、丁寧に耕し続けている。

「主役のバトン」を、子どもたちの手へ

東條さんは大学卒業後、就職という道を選ばず、まずは一年間この活動に全ての情熱を注ぐ決意を固めている。

彼の視線は、すでに店の外へと広がっている。
ひとつは、地域運動会の企画だ。
子どもも大人も混ざり合う“多摩版オリンピック”のような場を作りたいという。

もうひとつは、音楽やラジオの機能を持った新しい拠点づくり。
駄菓子屋の奥に、自由に自己表現できる“音楽室”があるような場所。

ワクワクする構想を次々と語る東條さんだが、彼の描く「最高の未来」は、それら計画を完遂することとは別の場所にある。
大人が用意した場を一方的に提供し続けるのではなく、子どもたちが自らの意志で未来を創り始めること。
その「主役の交代」こそが、彼の真の理想なのだ。

「今は僕たちがお願いして動いてもらうことが多いけれど、逆に子どもたちのほうから『これやりたいんだけど、できない?』と相談されるようになったら、それが一番嬉しいです」
大人が用意したレールに乗せるのではなく、子どもの「やりたい」を起点に街が動き出す。
その瞬間を、彼は見ようとしている。

取材を終えて外に出て、ふと振り返る。
多磨霊園駅の近くにある、小さな、けれどあたたかい駄菓子屋。
東條さんは、子どもたちの笑顔が集まるこの場所を、未来へ手渡すように大切に育んでいる。 

府中に、こんなにも真っ直ぐな若者がいる。
彼の存在そのものが、この街の未来に確かな光を感じさせてくれた。

プロフィール
東條 陽(とうじょう ひなた)

「だがしや ほっぷ」店主。取材時(2025年2月)大学4年生。多世代の地域プラットフォーム作りを行なう「Co-manabi space”Posse”」の代表として、駄菓子屋のほか、寺子屋・POSSE BARを運営。子どもたちが“社会への最初の一歩”を歩み出せる場を目指し、地域に根差した拠点づくりを続けている。

だがしや ほっぷ

〒183-0015 東京都府中市清水が丘3丁目29−4 糟谷コーポラス202
営業日:水・日
営業時間:15:00-18:00

公式ホームページ
https://x.gd/pvEZN

公式Instagram
https://www.instagram.com/dagashiya_hop/

駄菓子屋ブログ(note)
https://note.com/dagashiya_pop

co-manabi space “Posse”

公式Instagram
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まちぴかウォーク

毎週土曜日に活動している東京都府中市の多磨霊園駅周辺のゴミ拾い活動です。
用具の支給もございますので、【手ぶらで参加OK・飛び入り参加OK】です!
ゴミ拾いが終わったら、駄菓子屋さんから【駄菓子とお飲み物】のお裾分けがあります。
https://www.instagram.com/machipika_walk

だがしやほっぷフェスティバル

POSSE BAR

ライター

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編集部より

「府中が好き」は、ハッピーカーズ府中店 が運営する地域メディアです。
私たちは地域企業として、事業活動だけでなく、 府中がより良い街であり続けるための取り組みに関わり続けたいと考えています。
本記事は、その活動の一環として、府中で活躍する人や想い、取り組みを記録し、発信しています。