最期まで楽しく、「美味しいね」と食べられるように

現在、府中で管理栄養士としての栄養指導に携わりながら、ヨガや地域ダイニングなど、食と健康を軸にした活動を続けている大角梓さん。

その原点をたどると、病院で管理栄養士として働き始めた頃の、ある違和感に行き着く。

病院という現場で求められるのは、正しさと効率だ。
限られた予算、決められた提供方法、数多くの食事を滞りなく出すこと。
栄養としては整っている。疾患に合わせた食事としても、間違ってはいない。

それでも——
これで、本当にいいのだろうか。

入院生活の中で、数少ない楽しみになるはずの食事。
その時間が、どこか味気なく感じられてしまう現実に、大角さんは違和感を抱くようになっていった。

食が好きで選んだ仕事だったからこそ

大角さんは幼少期から、食べることが大好きだった。
祖父母と同居し、家族全員分の食事を母が用意する家庭で育った。
食卓には常にたくさんのおかずが並び、にぎやかな時間が流れていた。

大角さんにとって、食事は「楽しいもの」「人が集まるもの」だった。

だからこそ、将来を考えたとき、管理栄養士という仕事を選んだ。
食は一生切り離せないもの。
学んだ知識は、自分自身や、将来の家族の役にも立つ。
そう考えた末の選択だった。

管理栄養士として感じた、理想と現実のギャップ

大学の家政学部食物学科で学び、管理栄養士の資格を取得した大角さんは、大学卒業後病院に就職した。現場に立った当初は期待も大きかった。

けれど働き始めてすぐ、理想と現実の間にある大きな隔たりを感じる。
献立はあらかじめシステムに組み込まれ、日々の運用では個々の「好み」や「楽しさ」が入り込む余地は少ない。

「患者さんにとって、食事は大きな楽しみになるはずなのに」
そう思えば思うほど、“ワクワクする食事を届けたい”という気持ちと、“現場として守らなければならない現実”の間で、気持ちは揺れた。

栄養としては整っている。
栄養の観点で言えば「正しい」食事を提供していることは間違いない。

けれど、「おいしいね」と笑顔がこぼれるような食事や、食事が楽しみになるような工夫までは手が届かず、食事の時間がただ“必要なものを摂るだけ”になってしまっているように感じる。
現場では「決められた献立を、決められた形で、決められた時間に提供する」ことが優先される。
予算や提供の仕方は自分一人の力で変えられるものではないことはもちろん理解しているが、「これでいいのか」という問いが消えることはなかった。

栄養が支える回復の現場で

一方で、栄養の力を実感する経験もあった。
医師や看護師、薬剤師らと連携し、栄養の視点から患者を支えるチームの一員として関わる中で、食事や栄養の工夫によって、患者の状態が改善していく場面を目にした。

たとえば、栄養が不足して寝たきりになり、褥瘡ができてしまうような長期入院の方が、食事の内容や栄養の摂り方を見直すことで、少しずつ状態を取り戻していく。

食は、確かに人を支える力を持っている。

けれど、食べることが大好きで、食事の楽しさを人一倍知っている大角さんにとって、目の前の食事はどこか“必要な栄養を摂るためだけ”になってしまっているように映った。

工夫次第で、栄養も美味しさも両立できる。
そう思うからこそ、なおさらもどかしかった。

「美味しい」を追求するため、食品企画の世界へ

葛藤の末、大角さんは病院を離れ、テレビショッピングの食品企画の仕事へと進む。
制限のある食事ではなく、「美味しいもの」を追求したいと思ったからだ。

全国各地の生産者や工場を訪ね、自分の知らない美味しいものにたくさん出会った。
食のものづくりの現場を見て、話を聞く中で、別の気づきがあった。

作り手たちは、当たり前のように丁寧な仕事を積み重ねている。
けれど、そのこだわりや思いは、必ずしも消費者に伝わっていない。

それらを丁寧にすくい取って言葉にし、届ける役割を担った経験は、後に人と向き合う姿勢の土台となった。

食だけでは、健康は守りきれない

再び「健康」というテーマに向き合ったとき、大角さんはある壁にぶつかる。

食事の改善は、すぐに結果が出るものではない。
食事を変えても、体調の変化が実感として返ってくるまでには時間がかかる。
手応えが薄いと、習慣にするのが難しくなる。

そこで大角さんは、「運動」というアプローチにも目を向けた。

体を動かすと、「スッキリした」「気持ちよかった」といった変化をその場で感じやすい。
その小さな手応えが、「またやってみよう」「続けてみよう」という気持ちを生み、生活を整えるきっかけにもなっていく。

食に加えて「運動」の要素も取り入れたい——そう考えるようになったことが、ヨガに出会うきっかけに繋がる。

“修行のような日々”の先に

本格的にヨガを学び始めたのは38歳のとき。

それまで大角さんはヨガとはほとんど縁がなく、運動といえばジムでの筋トレやジョギングのほうが馴染み深かったという。

そんな中で着目したのが、年齢や体力に合わせて無理なく取り入れられる運動としてのヨガだった。
強度を調整しながら続けやすく、場所を選ばずにできる点にも魅力を感じた。

そこで、仕事と並行しながらヨガインストラクターの資格取得を目指すことにした。

講習時間は合計200時間。
平日は仕事、週末は朝から夕方まで講座を受ける生活が3か月続いた。
出張の合間を縫って学び続ける日々は、本人が「修行のようだった」と振り返るほど厳しいものだった。

それでも、ヨガの学びは大角さんの内側を少しずつ変えていった。

比べない。競わない。
今の自分を、そのまま受け止める。

長年、誰かと比べながら走ってきた人生のペースが、ここで少しずつ緩んでいった。

府中で集まる、ヨガの時間

スタジオに通うことにハードルの高さを感じる人の声を受け、府中市内の公共施設や商店街のカフェなどを借りて、気軽に参加できるヨガを始めた。

呼吸が整うと、心までほどけていくのか、参加者からぽつりぽつりと近況がこぼれるようになった。

また、大角さんが管理栄養士であることが知られると、便秘やだるさ、貧血など、日々の体調の悩みを相談されることも増えていったという。

大角さんのヨガは、体を整える時間であると同時に、ほっと肩の力を抜いて人とつながり、健康の話も自然に交わされる、あたたかな場になっていった。

ヨガの延長線に生まれた「地域ダイニング」

ヨガを続ける中で、大角さんはあることに気づいた。
同じ団地に住んでいても、知らない人がたくさんいるということだった。

「私がご飯を作るので、一緒にご飯を食べませんか」
そう声をかけ、集会所で始めたのが地域ダイニングだ。

誰かと話したい気持ちはあるのに、気づけば家にこもりがちになる。
そんな人が、気軽にふらっと来られる場所を目指している。

ルールをなるべく作らず、安心して過ごせる空気を大切にしている。
体を動かし、食卓を囲み、言葉を交わす。
その積み重ねが、府中という街の中で、ゆっくりと人のつながりを育てている。

地域ダイニングで広げたい、食と健康の入口

今後の展望を聞くと、大角さんは「発展させたい」という言い方をしつつも、どこか穏やかな表現を選ぶ。

「食や健康への意識を、じんわり浸透させていきたいんです」

地域ダイニングを「栄養指導の場」にしてしまうと、たぶん続かない。
正しさを押し付けるのではなく、まず“楽しい”があること。
その前提を崩さずに、少しずつ栄養の要素を混ぜていく。

たとえば——
地域ダイニングに来たら、普段食べない食材を一口だけ食べてみる。ほうれん草が苦手でも、「今日は食べてみようかな」と思える。
それくらいで十分だという。

いつもと違う栄養を摂る。美味しさや楽しさを知る。
それが自然に広がっていけばいい。

“健康のために頑張る”ではなく、“楽しいからやってみる”の延長に、健康がある。

最期まで「美味しいね」と言えるように

大角さんが大切にしている健康の考え方は、ひと言でいうと「笑顔」。

「美味しいものを食べたら笑顔が出るし、食卓を囲んで話すことで笑顔が出る。体を動かすのも楽しいこと。全部笑顔につながると思うんです。」

病気は避けられないこともある。

それでも、できる限り予防をして、もし病気になったとしても、最期まで楽しく、「美味しいね」と食べられるように。病院で管理栄養士として働き始めた頃に覚えた違和感は、確実に今の大角さんの活動に繋がっているようだった。

プロフィール
大角 梓(おおすみ あずさ)

管理栄養士・ヨガインストラクター(全米ヨガアライアンスRYT200)。株式会社emari代表取締役。病院勤務、食の商品開発を経て、現在はクリニックでの栄養指導や商品・レシピ開発を行うほか、ヨガを通じた地域活動や食卓を通して人と人がつながる「地域ダイニング」に取り組んでいる。

https://emari.ltd/
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ライター

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編集部より

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本記事は、その活動の一環として、府中で活躍する人や想い、取り組みを記録し、発信しています。