夢の入り口に立つために

幼稚園・保育園児から小・中学生までの約200名がプレーするサッカーチーム「Peace United FC」。その立ち上げに尽力したのが、白石亜矢子氏だ。白石氏は現在も子育てのかたわら、「サッカーが好きな子どもたちのために」との思いで、日々チーム活動に奔走している。

ラグビーにフットサル、バスケットボール、そして女子野球と、プロや社会人スポーツのトップチームが拠点を置くスポーツの街・府中。なかでも子どもの人気を集めるのがサッカーだ。休日ともなると、市内のいたるところで子どもたちが元気にボールを追いかけ、熱心に指導し応援の声を送る大人の姿も加わり、活気あふれた光景が繰り広げられている。

府中市にも専門的な指導が提供されるクラブチームが存在する。その一つ、「Peace United FC」は2016年7月に産声を上げた。

「1回500円の小学生向けサッカークリニックを月に2回開くスタイルでスタートしました。正直、当初はチームを作ることまでは考えていませんでした」

と、白石亜矢子氏は振り返る。最初は集まる子どもの数もそう多くはなかったが、評判が口コミで広がり定期的に通う子が増えるに伴い、「試合をしたい」という声が挙がり始めた。そこで設立から約1年後にチームを発足。カップ戦を開いて試合の機会を作るとともに、2018年には市民体育大会に出場した。

「人数が少なかったので、いろいろな学年の選手を集めて参加したのですが見事な負けっぷりでした。しかし偶然会場にいた元サッカー選手がこのサッカーをしていると優勝するようになるね、と大差にもかかわらず内容で見抜かれていたことを覚えています」

と、白石氏はなつかしそうに振り返る。その後、次第に人数が増えて学年ごとにチームを作れるようになった子どもたちが質の高い指導を受けてみるみるうちに上達し、勝てる試合が増えていった。

サッカーはハードルが高い?

そもそもPeace Unitedは、Jリーグ・柏レイソルジュニアユース出身の鴨川司氏と、同ジュニアユースの1学年後輩で、J2得点王などの実績を持つ元Jリーガー・長谷川太郎氏の発案から生まれた。

「鴨川氏はブラジル、長谷川氏はインドでのプレー経験があります。どちらも現地で貧困を目の当たりにしたことから、子どもたちにサッカーを通じて世界の状況や自分たちの経験を伝えたいと考えたそうです」

しかし、なかなか都心での協力先が見つからなかった。

白石氏にもかなえたい思いがあった。

「子どもたちが懸命にボールを追いかける姿を見ると、こちらも元気になるんですよね。とはいえ、子どものサッカーには、お金や手間もかかります。クラブチームで本格的にサッカーを習うには、小学生でもチーム指定のユニフォーム類を一式そろえるだけで10万円、月謝が1万円と習いごとサイトでも当時見かけましたが、経済的に困っているご家庭にとっては、かなりハードルが高い。実際、『子どもがサッカーをしたいと言っても費用やお当番の問題でなかなかやらせてあげられない』というシングルマザーの声も聞きました。サッカー選手になりたくても、夢の入り口にも立てない子たちが実際にいるのです」

子どもたちには、家庭環境に左右されず、思いっきりサッカーを楽しみ、夢を追い続けてほしい。また、保護者には我が子ががんばる姿を見て、明日へのエネルギーにしてほしい――。

「そのためにも、当時出始めた無料の学習塾や子ども食堂のように、高いレベルのサッカー指導を手ごろな価格で受けられる場を作れないか、と考えていました」

何か一つ、やり遂げたと言えるものがほしい。そうも考えていたという白石氏は、鴨川氏と長谷川氏、そして自分自身の思いを「夢は、平等。」という理念に込めて、「ピース・ユナイテッド・プロジェクト」を立ち上げ、走り出した。2016年6月に一般社団法人こどもスポーツ支援協会を設立すると、翌7月にPeace United FCを立ち上げた。

子どもたちのために人が動く街

まずはワンコインのサッカークリニックを開催しようと、スポンサー企業を募るとともに、開催場所を求めて奔走。「忙しすぎて当時の記憶がない」ほど走り回り、協力先が増えていった。

意志あるところに道は拓ける。府中と縁がつながったことをきっかけに、第1回目のクリニックを開催。10月には2016年度府中市・府中市教育委員会の後援も得た。

「府中のすばらしいところは、子どもたちの未来を真剣に考えて動く方がたくさんいること。活動場所を紹介してくださったり、子ども食堂と連携してチラシを置かせていただいたり。子どもたちのことを心から想う本当にたくさんの方に助けていただいています。感謝してもしきれません」

チーム活動を始めてからは、ひとり親家庭や生活保護世帯の選手には、児童扶養手当の受給状況に応じて会費を無料や半額にしたり、ユニフォームを支給したりした。

そうした仕組みに助けられた、と振り返るのは、佐藤要子さん・詩音くん親子だ。詩音くんは現在、社会人サッカークラブ・横浜猛蹴FCに所属。プロサッカー選手を目指して海外挑戦も視野に入れつつ、Peace United FCでコーチを務めている。

夢に向かって挑戦を続けているが、夢が途切れそうになった時期がある。小学5年生のとき、それまで所属していたサッカーチームを退団したのだ。

「サッカーが好きなのはわかっていたのですが、別のチームに入ると新たにユニフォームを買うことになります。シングルマザーとしては大変な出費になるため、二の足を踏んでしまいました」(要子さん)

そんな折、知人からこのクラブを紹介され、6年生から加入したことで夢がつながった。

「サッカーができることは当たり前ではないと身に染みて実感しています。だからこそ、コーチや母への感謝を忘れたことはありませんし、うまくいかずに心が折れかけたときも立ち上がることができました。子どもたちにはサッカーの楽しさとともに、感謝の気持ちを持つことの大切さを伝えたいです」(詩音くん)

詩音くんの成長に、白石氏も目を細める。

「指導においては、あいさつや感謝、チームワーク、仲間や道具を大切にするといった人間性を最も重視するとともに、高校年代以降のサッカーに対応できるよう、そのために必要な技術や考え方を伝えています。詩音は私たちが大切にしていることを体現している選手。何よりこうして自分がチームで習ったことを次は伝えたいと戻ってきてくれたことがうれしく、誇らしく思います」

「平等」の願いは世界へ

設立10年目を迎えたPeace United FCは、「すべての子どもが平等に夢を追い続けられるように」との思いを軸に、同じ思いを抱くチームや人と世界規模でつながりつつある。

例えば、鹿児島実業高校で遠藤保仁氏らを育てた元ブラジル代表ゼ・カルロス氏もその一人。2023年、理念に共感してアドバイザーに就任し、来日の際は自ら指導も行った。希望すれば、氏が担当するブラジルの提携クラブのアンダーカテゴリーでトライアウトが受けられる。

また、同年、元日本代表の長谷川アーリアジャスール氏の紹介で、ウクライナの子どもを受け入れているスペインのチームともクラブ協力提携を結んだ。

「活動理念がとても似ているからとの理由で紹介してもらいましたが、戦争によりサッカーができなくなったウクライナの子どもたちを自ら大型バス2回分も迎えに行かれたとのことで、お会いしたときから尊敬の念を抱いています」

いざスペインを訪れてみると、トップチームや語学のアカデミー、寮まで構えられていて、スケールの大きさにも驚いた、と白石氏は振り返る。

「サッカーに向き合う考え方は、普段、当チームの指導者が子どもたちに伝えていることと驚くほど同じでした。このようなすばらしい海外チームと、ぜひ子どもたちが将来に生かせる内容で提携を結びたいと思い、初回の滞在中は毎日毎日頭をフルに働かせて打ち合わせを繰り返しました」

そのかいあって、すばらしい成果を得た。

「キャンプ(合宿)へ当チームの子どもたちも遠征させていただけること、また当チームの卒業生は国際的な指導者資格が取れる留学プログラムへ高校年代以上で受け入れていただけることになりました。子どもたちの将来の選択肢を増やすことができ、一つの形として残せたことをうれしく思います」

その後もコミュニケーションを取り続け、「次は日本に行きたい」と言ってもらえるまで信頼関係を築くことができた。

「今年は参加希望の小中学生9名を連れて、二度目のスペイン遠征へ行きました。そばでサマーキャンプに参加する子どもたちを見ていたのですが、世界各国の選手と交流ができたり文化が知れたりと、サッカー技術の習得以外にも大変付加価値の高い内容でした。参加した子どもたちはこの歳から価値観や視野の幅が広がり、今後、人生の多くの場面で必ず活きてくるだろうと感じました。当チームの指導者たちが目先の勝敗にこだわらないと言っている真の意味も理解できた気がします」

国内の人脈と活動も、さらなる広がりを見せている。

「現在、現役Jリーガーの方からも一緒にイベントを行いたいと連絡をいただいています」

「ただ子どもたちのために」という一心が、白石氏をさらなる進化へと駆り立てる。

「今の保護者の方はアンテナが高く、いろいろなチームを比較検討したうえでお子さんを託す先を選んでいます。私たちも選ばれ続けるよう、常に新しいことに挑戦し、かつ質を高めていく必要があるのです。そして、私たちのクラブから魅力的な人が育ってくれれば、これほどうれしいことはありません」

府中のサッカー界から世界で活躍する人材が出てきそう――。ホームグラウンドでボールを追いかける子どもたちを眺めているうちに、ふとそんな期待感が沸き上がってきた。

「子どもたちがピースというクラブチームの選手として活動していることを誇りに思ってくれているのがうれしいですね」と白石氏。

プロフィール
白石 亜矢子(しらいし あやこ)

Peace United FCを運営する一般社団法人こどもスポーツ支援協会代表理事。会社員時代は海外事業を手掛ける企業に勤めており、「これまでの経験がすべて役に立っている。働いていてよかったなと思います」。現在は、同じ思いで海外の人たちと自然とつながり、毎日のようにやり取りをしている。

Peace United FC

2016年7月設立。企業や行政、地域と連携することで、元Jリーガーなど一流のプレーヤーによる直接指導を手が届きやすい価格で提供。止める・蹴る・運ぶといった基本技術の正しい習得を目指すとともに、目の前の勝敗より将来どこの強豪チームへ送り出しても通用するレベルの指導を実践。人間性を重視するのは、鴨川氏や長谷川氏らの「高いレベルで長くサッカーを続けるには人間性が不可欠」との経験から。2019年に行ったブラジル遠征では、現地チームとの交流を通じて世界の現実を子どもたちに体感してもらう取り組みも行った。

ライター

岩田・藤田/futuretune
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